日本自動車博物館 名車解説ブログ

日本自動車博物館おおぶち博士の名車解説です。(展示車は予告なく変更されることがあります。)
ニューエラ
ニューエラ 1930年(昭和5年)



■全長/全幅/全高 2,730×1,170×1,810mm
■エンジン 空冷単気筒SV型 ■総排気量 499cc
■最高出力 5ps ■変速機 前進 3 段 ■乗車定員 1


白楊社で製造部長としてオートモ号などの開発に関わった蒔田徹司氏は、1926年(大正15年)に秀工舎を設立し、国産の三輪自動車の開発を始めた。
1927年(昭和2年)イギリス製(350cc)JAP型エンジンを搭載したオート三輪を完成し内務省の許可を受けた。
1929年(昭和4年)蒔田氏は、空冷4サイクルサイドバルブ350ccのエンジンを開発完成した。
1930年(昭和5年)規則改正により500ccとなった。国内では、この1台のみである。


この自動車は、<日本自動車博物館>で展示しております。
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オオタ KC型 トラック
■オオタKC型 トラック 1953年(昭和28年)



■全長/全幅/全高 4,070×1,574×1,745mm ■車両重量 1,040kg
■エンジン 水冷直列4気筒 SV ■総排気量 903cc
■最高出力 26ps/4,400rpm ■最大トルク 5.2kg-m/2,400rpm
■変速機 4速MT ■乗車定員 2人

大正12年(1923年)太田祐雄氏によって創業されたオオタ号の歴史は、戦後12年程のわずかな期間にこのKC型をはじめとする堅実な小型トラックと、PA型などの乗用車をわずかに生産しただけで終焉をむかえました。
戦後の混乱した状況は、小資本のメーカーにとっては厳しいものだったのです。昭和32年(1957年)日本内燃機製造(くろがね三輪車のメーカー)に合併され、オオタの名は間もなく消えてしまいました。

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JIOTT キャスピタ
■JIOTT キャスピタ(SUBARU−CASUPITA)1989年(昭和64年)



(第28回 東京モーターショー・スバル参考出品車)
提供 富士重工業(株)

・エンジン スバルMM NA 
・水冷水平対向12気筒 60バブル 3497CC 
・出力 585ps/10.750rpm 39.2kg−m/10,500rpm
・変速機 マニュアル6F−1R
・車体 CFRP(カーボンファイバー)モノコックボディ 
・定員 2名
・最低地上高・油圧可動式 レース時・70弌^貳模速行時・130
・タイヤ F・245/40ZR17  R/335/35ZR17
・全長×全幅×全高 4534弌1996弌1136弌
・重量 1240kg

「道路を走れるF−1」を目指し、スバル・富士重工業(株)とワコール(株)と(株)童夢の三社が共同で開発した究極の「On Road Mid−ship Racing Car」でエンジンは3.5L水平対向12気筒60バルブ、スバルがイタリアのモトーリモディリニ社のカルロス・キティ博士と共同開発により生まれた。

ブレーキは、この車独特のレーシング用ブレーキでブレンボ社製。

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くろがね四起
■くろがね四起 1941年(昭和16年)日本製



「ジープ(アメリカ)より6年早く作られた四輪駆動車」
・エンジン空冷V2 OHV 1400CC 33PS

幻の軍用車「くろがね四起」は、軍の要望で試作をはじめ、2年後に完成。

不整地の走行に優秀な性能を発揮し、昭和11年(1936年)から量産に入り終戦まで役4800台が生産された。

゛ものまね日本”と欧米諸国からは、よく言われるが、この車は日本独自に製作・改良を重ねて、ついにジープ(アメリカ)より6年も早く完成し20世紀の名車となった。

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ソーラーカー Phoebus供HOXAN)
■HOXANソーラーカー Phoebus(フィーバス)供  Phoebus

▼HOXANソーラーカー Phoebus


▼HOXANソーラーカー Phoebus


・全長×全幅×全高(mm):5950×2000×1440 
・車輪配列:前二輪・後一輪
・ホイールベース(mm):2800
・車両重量(kg):150

1987年のオーストラリア大陸横断のソーラーカーレース・第一回WSCにHOXAN Phoebus兇蓮TBSの密着取材を受け出場。

公式にはリタイアだったが17日かけてゴールのアデレードに到着。太陽光だけで完走した。

1990年のWSCには、HOXAN Phoebus靴砲道臆叩

3000kmを平均時速52km/h・所要時間57.3時間。参加40台中、4位だった。

日本車ではホンダの2位に次ぐ記録だった。

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三菱ブラザーミシン・イベントカー
■三菱ブラザーミシン・イベントカー 1984年



 ピンクの大型バス「Nander−21」は、ブラザー工業株式会社が昭和59年に創立50周年記念事業の一環として、企業イメージの向上や製品のPR活動を目的に構想から3年の歳月をかけ、約8,000万円の費用を投じて製作された多目的イベントカーです。

この車は昭和59年6月から活動をスタートし、平成3年12月までの8年間に約160,000kmを走破し、イベントに使用されました。

 そして、イベント活動が所期の目的を達成し、「Nander-21」は勇退することになりましたので、自動車の返還を示す展示の充実と、自動車産業進展のため日本自動車博物館に寄贈し、皆様にご覧いただくこととなりました。

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ダットサン・クーペ 1938年
■ダットサン・クーペ 1938年(昭和13年)



  ホイールベース 2,005
  エンジン 水冷直列4気筒再度バブル
  722奸’藁蓮16ps/3,600rpm

博物館の入口で皆さんをお迎えします。
黄色と水色のツートンカラーが小さなお子様に人気です

この車は17型(T)トラックの車台にロードスターのボディを仮装したものです。戦前のダットサンと言われ、トラックとして使われるほかに、個人商店の宣伝用も兼ねられ乗用車にも使われたりしました。

「ダットサン」という呼び名は、当時 国産小型車の代名詞的存在でしたが、戦争が始まって生産が中止となってしまいました。

ご来館の記念に、自動車に乗って、思い出の写真をお撮りください。

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